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ワイズワークのふたりごと

1月06
投稿者:(M)

古巣に戻って3ヶ月が経った。古巣ならではの誘惑が多くて、ブログからご無沙汰してしまった。誘惑のいくつかは昔なじみのグループとの交流。「お帰りなさい」の会やら忘年会やら、そして既に新年会の季節。

思えば、そんな集いからヒントを得た商品がある。ふだんはこじんまりしたダイニングテーブルを使っているが、人が集まるときには大きなテーブルが欲しい(初回のブログ「長短大小」にも紹介)。30年ほど前、ある友人宅でのパーティで見たものは、畳一枚分の大きさの座卓だった。友人は「これ何だかわかる?」とテーブルクロスを捲って見せた。なんとダンボール箱を二つ並べた上に間仕切りの戸板が載せてあった。それは昔、彼女の実家でリンゴ箱と雨戸を使っていた工夫がヒントだという。ちょうどその頃、我が家では木工を始めたSが無垢の一枚板の座卓を作った。一枚板はどんなに乾燥させたものでも反りが出る。無理に脚を固定すると天板が割れる。天板だけでも100kg近い大板なので、T字に組んだ脚2組の上に載せるだけで使っていた。そうすればときどき裏返して使うことができ、反りを修正できるからだ。この二つのことがヒントになって「簡易な組立て座卓」が出来た。
※商品詳細はこちら→「柔和な生活」:ワイズワークオリジナル 両面使える組立て座卓 大
昔どこの家庭にもあった雨戸や戸板は、今ではどこにでもあるわけではない。リンゴ箱やダンボール箱も常備しているわけにはいかない。おかげで昨年末には販売数2000台を超えた。

先日、一人の消費者からお電話をいただいた。この「簡易な組立て座卓」にダイニングテーブルの高さの脚はないか、というお尋ね。この天板は女性が一人で扱えるように軽く作ってあるため、高い脚の上に載せるだけで使うと、人が凭れたりぶつかったりしたはずみに天板がずれて危険があることを説明した。実は、これまでにも何度かそういう問い合わせを受けている。リフォームした我が家のためにSが作ったのが高低二通りに使えるテーブル。まだ商品化に至っていないが作ることはできる旨をお伝えした。

家庭での集いがレストランや居酒屋に場所を変えてしまった時代を超えて、今度は家食の時代だという。また、親世代の実家が面積の限られたマンションだという場合、お正月に子世代がやって来て一時的な大家族になる家庭も多い。都会の需要をしっかり捉えた開発が求められていることを実感している。

ところで上の新作テーブルは七変化です。詳しくは次回に。(M)

12月13
投稿者:(S)

「家具のデザインは椅子に始まって椅子に終る」と言われている。それほど椅子のデザインは奥深いということだろう。私も何度か挑戦しているが、自信作にはまだまだ至らない。今回試作したものは“楽チン椅子”で、デザインに釣られて買ったけど長くは座っていられない、というユーザーの不満をを少しでも減らそうと考えたもの。

部屋で靴を履かない日本人の暮らしを踏まえ、かかとがしっかり床に着くように座面を35センチに抑えた(1)のと、座ったときに肘が置け、かつ、立ち居を楽にするためにアームを備えた(2)のは、以前ご紹介した回転椅子と同じ。変ったのは、体をしっかり支えるために腰部に巾のある背板を回し、更に表面にクッションを張った(3)ことである。(試作のシートはテクノカーフという人工皮革)これは、いくつか椅子を設計し実際に使ってみてるうちに、この位置をサポートすれば最も疲れにくいという経験に基づいている。

「武蔵野身体研究所」を主宰しておられる矢田部英正氏の『椅子と日本人のからだ』という本によると、人の体を支えている脊髄は首から腰へと太くなり、かつ、最も下にあるものは骨盤に覆われているから、その部分(臍下3寸の丹田と言われる部分の反対側)をサポートすれば体が安定する、とある。安定するということは楽なことでもあり、床と垂直に背を立てたダイナミックなデザインのハイバックのものや、首に近い位置で細い背板を配した洒落たデザインのものはあまり座り心地がよくないということだろう。今回試作した椅子はその説に適ったものと言えそうだ。

(1)(2)(3)は高齢者のみならず成人であれば“楽チン”と感じる条件だと考え、更に(1)では座面を1000Rの曲面にしてお尻に柔らかく、(2)ではアームを短くして椅子を少し引くだけで立ち居がし易いように変えた。これまで20名近くの老若男女、体形も違う来客に座ってもらって感想を聞いたが、概ね「疲れない」という評価をいただいた。5時間も座ってずっとおしゃべりした女性グループもあったから、多分意図したものになったと思う。といっても、万人に満足してもらえる椅子を作るのは不可能だ。究極の椅子というのは、その人に合った寸法でひとつひとつ作るよりほかない。最大公約数の人にフィットする椅子にして、市場に問うのが私の仕事である。(S)

11月01
投稿者:(S)

“東風吹かば匂いおこせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ” 平安時代の学者であり政治家でもあった菅原道真が、藤原時平の讒訴によって太宰府に流されて詠んだこの有名な歌は、JR都府楼南駅にも、西鉄都府楼前駅付近にも掲げられている。この周辺は菅公に縁が深い。当時の中心建造物であった都府楼は、今は楼を支えた礎を残すだけだが、ときどき散歩の途中で立ち寄って建立されていた楼閣の姿を思い浮かべるのが私の楽しみでもあった。

今からちょうど12年前、私どもは仕事場を東京都武蔵野市から福岡県筑紫野市へ移した。それは、生産地に入り込んで製造現場をしっかり見ながらものづくりを支援しない限り、売れるものができないという想いがあったからだ。九州を選んだのは、この地では様々な産地、産業があり、それぞれの生産規模も大きいことにあった。つまり、力のあるメーカーが九州には多そうで組応えがあるというのが最大の動機だが、他に、以前から大分県のアドバイザーを務め、九州に馴染んでいたこともあった。

それから干支がひと回り、ものづくりを取り巻く環境は明らかに変化した。海外からの比較的良質で安価な商品の流入(多くは日本の企業が関わっている)、消費者の買い控え、もの余りという背景に加え、企業の努力不足もこのブログで述べてきた。このままでは製造業、特に海外に市場を持たない中小企業の将来は厳しい。その対策として、商品開発を従来のようなプロダクトアウト(製造優先)からマーケットアウト(市場優先)、更にユーザーアウト(ユーザーがものづくりに関わる)に変えることが急務であり、その具体的な行動として私どもは生産地・九州から消費地・東京へ戻ったのである。

どっぷり大市場に浸かってユーザーの声に耳を傾ける、だけでは意味がない。新たな方法で集めたユーザーのニーズを私どもなりに咀嚼、つまり、デザインを含む具体的な商品の姿にして、メーカーに示すことがこれからの使命と考える。その責を負って仕事の終章を成せれば幸いである。(S)

8月01
投稿者:(S)

夏のインテリア素材といえば竹が定番である。子供の頃、京都の実家では梅雨が明けると襖を葦戸に替え、竹の簾を吊って夏を過ごした。しかし今、振り返ってみると、それは暑さを凌ぐというより見た目の涼しさを求めたしつらえであったように思う。なぜなら京都は盆地なので湿度が高く、風が室内を通ったところでじっとりした肌に張りつくような暑さは拭えないからだ。団扇から扇風機、そしてクーラーへと涼を求める道具が進化した今、葦戸や竹簾が一般の家庭から廃れつつあるのは京都だけではないだろう。それは、夏のインテリアを演出する竹の出番もそれだけ減ってきたということでもある。

先日、福岡県朝倉市にある「江藤竹工所」というメーカ-さんを訪ねた。ここの主力製品は竹ヒゴ。1ミリに満たないものから10ミリを超す太さのものまで、自在に作る機械と技術を持つだけに、全国から様々な注文が舞い込むのだそうだ。静岡県の伝統工芸である千筋細工の素材として、また、神社仏閣の簾を織る人や企業へ納めるほか、自らも商品を開発中だ。簾やラグといったインテリア用品、ランチョンマットや箸巻きなどのテーブルウエアにもヒゴを活かした新たな感覚の道具が生まれ,福岡県産業デザイン賞に入賞するほどになっている。

竹は2年で有用になるそうだからサイクルの早いエコ素材である。一方、全国で竹は増え続け、各地で他の植物を駆逐したり、平地をどんどん侵害したりという害が起きていて、里山を竹が覆い尽くすのでは?と真剣に危惧する人もいるほどだ。それならもっと竹を使うことを考えればいい、と思われる方も多いだろう。しかし、竹の用途は限られていて木のような汎用性に欠ける。伐採後は直ぐに処理しないと腐るし、乾燥にも時間がかかる。虫が巣食っていれば後から這い出してくることもある。それらを防ぐために窯に入れて蒸しすという方法もあるが、その設備も手間も大変だ。おまけに丸いから平面を作るのが難しい。

こういった竹そのものの難点に加え、竹を伐採する職人が極端に減ったという現実もある。良質な竹を求めて山に入っても、それを持ち出すのが重労働である上、伴う収入が得られないというのだからこの職が敬遠されるのは肯ける。私たち日本人が慣れ親しんできた竹の前途は決して明るくはない。

ところで、竹も花を付けることがあるのをご存知だろうか。40年以上前の夏、京都・嵯峨野の直指庵で私はそれを見た。庭にいた庵主さん、天を突くように伸びた竹を見上げながら、「竹の花は滅多に見られません。何十年に一度の枯れる前の狂い咲きで、あまり縁起のいい現象ではないんです。あなた方も不幸にならなければいいのだけど…」、と恐ろしいことをシラッと言う。が、そのとき伴った女性と数ヶ月後に切れることなったから、それは正しかったことになる。以来、私にとって竹の花は見たくないもののひとつになった。(S)

7月20
投稿者:(M)

食品売り場に並んだ明太子を見るたびずっと不思議に思っていることがある。無着色のほうが着色されたものより高い。着色しなければ一手間(+着色料代)少なくて済むはずなのに。わざわざ金色の枠の付いた「無着色」のシールまで貼られている。身体にあまり良くなさそうな着色されたもののほうが好きな人は一体どれだけいるのだろう。値段の安さに惹かれて着色されたものを買うという苦々しさ。

以前書いたように住まいのリフォームに取り組んでいる。計画が進んで、新しく買うものや取り付けるものを探す機会が多い。内装材のショールームに出かけると、豊富な品揃えに驚く。消費者の好みの多様性にとことん対応できる品揃えから、日本がいかに成熟した市場を備えているかが判る。(画像は近頃の愛読書、各社カタログ)

そんな成熟市場でもどうしても好みのものを見つけられないこともある。大抵は機能に不満はないのに色や柄が気に入らない。中でも、この飾りがなければいいのに、というのが一番多い。つまり作り手が使い手に喜ばれることを期待して付けているのに、それが嬉しくないということ。付加価値が不可価値になっている。

照明器具のショールームで、完璧と言えるほどシンプルなペンダント器具を見つけた。全く飾りがないという個性。拍手をしたい気分だったが、値段を知って興ざめた。ショールームのお姉さまいわく、「これはデザイナーの○○さんのものですので」。

デザインはある時期、商品の付加価値だとされてきた。「デザイン」という言葉が色や形だけを表すとされていた時代である。今や「デザイン」は機能はもちろん使う人のライフスタイル(生き方)にまで及ぶキーワードとして認知されるようになった。だからこそ商品の多様性は社会の成熟度のバロメーターと言えるだろう。

だが付加価値という曖昧な言葉への誤解が、やたらに商品を増やしているのではないだろうか。何もしないという、言い換えれば、余分なものをできるだけそぎ落とすという付加価値もあるのだということを作り手は忘れないでほしい。何かを付けなければならないと思うのは、実はそのもの(機能、質)だけで勝負できないという自信のなさから来るのだと思う。

無着色の明太子は、着色しなくても質の良さがわかるから着色しないのでしょう。本当に美味しいから、美味しそうに見せる必要がないのでしょう。「無着色」のシールが貼られていなくてもそれを見分けられるような消費者になりたいものです。(M)

6月24
投稿者:(S)

このところ注文家具の相談をいただくことが多くなった。既製の商品では飽き足らず「世界でたったひとつのものが欲しい」という方からの問い合わせ?と思われるだろう。しかし、それは手づくり家具工房のキャッチフレーズ。当方への相談はこれくらいの寸法でこんな機能、それを相応の価格で…、というきわめて切実な要望である。そして、連絡をいただく方の90%以上が女性であり、生活の主体が女性であるのがよくわかる。ところが、以前にも述べたように商品を開発する現場は圧倒的に男が多い。しかもその男たちは、これまた圧倒的に生活音痴が多いのである。

九州では一般に「男子、厨房に入らず」が常識のようだ。また、料理のみならず、家事は女がするものと決めてかかっているフシがある。「お宅のご主人もそうですか?」と奥さんに聞くと、「そうそう、うちのは家事なんかしたことがないんですよ」とにっこり。「それが男ぞ!」と暗に褒めての笑みである。そして、生活音痴のその男が生活商品を作っているのだから、市場に欲しいものがないと不満を聞く事になる。売れる商品を作りたいなら、試作したものを自ら使い、修正を重ねて完成度を高める努力が必要だ。九州男児を粋がっていても、何の意味もない。

写真の鍋は有田の李荘窯さんの新製品で「ずぼら鍋」と言い、一人用の料理をできたまま食卓へ運び、そのまま食べるという発想のもの。正に名のごとく、ずぼらな人用に調理器と食器を兼ねた商品である。試作品を送ってくれたので早速試してみると底の平面部分が少ないため五徳に乗せると不安定であった。そのことを窯元に伝えると1ヶ月も経たずに改良品が送られてきた。一人用の道具としてとても使い勝手がよい。 これを考えた寺内社長は、蕎麦を自ら打って客人に振舞うくらいだから、決して料理音痴ではない。出来上がった試作品をあまり吟味せず、急いで私に送ってくれたからこの問題が生じたものと思われる。修正を重ねて完成したこのずぼら鍋、9月からの家庭画報通販「秋の号」で扱われることになった。

食に関する話が続いた。さて、次は…。(S)

6月04
投稿者:(M)

数年前、「小倉祇園太鼓」を見に出かけた。太鼓の日にふさわしい熱い夏の日だった。街中に太鼓の音が溢れて、威勢のよい祭装束の人々が行き交う。そんな小倉の街の、紫川に近いあるお店で、縞模様に出会った。

東京・六本木にあるテキスタイルの店「NUNO」が好きだった。東京ではいくつかのデパートにもNUNOの製品を扱うコーナーがあったので、気楽にのぞいて見ることも、たまには製品を買うこともできた。見ているだけでも織の表現の複雑さや奇抜さにワクワクしたものだ。九州に移ってもそんな刺激が欲しかったので「NUNO」に問い合わせると、小倉に製品を扱う店があるとのこと。祭見物のついでに寄ってみようと思った。

その「布・アネックス」の片隅に遠慮がちに並んでいる縞模様に目が留まった。聞けばオーナーの姉上(築城則子氏=日本工芸会会員)が、江戸時代には袴の生地などに重宝されたのに廃れてしまった「小倉織」を復元させたという。それを現代の製品にするために工場生産したものだった。木綿とは思えないほどしなやかで光沢のある細い糸が織り出す縞模様は、江戸時代の日本人の心意気そのままに繊細でありながら力強く、心惹かれるものがあったが、並べられていたのはネクタイや財布、名刺入れなど四角い小物が中心で、黒を利かせた潔い縞は女性向きには難しいように思えた。

その後、何度か意見を交わす機会があり、「布を売りたいのなら、小物よりもインテリアをやってみては?」と提案した。ファッション小物は使う布の量が少なく、価格の大半を外注の加工費が占めてしまうと思ったからだ。その頃にはオーナー・渡部英子さんの人柄のせいもあって多方面からの支援を受け、「縞縞(しましま)」というブランド名が付いて柄のバリエーションも増え、商材として整って来ていた。

とりあえず取り組んでもらったのが、私どもの座卓に合わせて売ることができる座布団だった。こうして「小倉織・縞縞 茶席判座布団」が生まれた。販売価格は1枚7500円、決して安くはない。だが洋物の縞にはない陰影のある縞の表現が支持され、サイズ(48×43cm)はもとより中綿(綿100%)や綴じ糸にこだわったこともあって、私どもが窓口となって販売した数だけでも400枚を超えた。

この夏も「家庭画報通販カタログ」での販売が始まります。その頃には小倉ではあの日と同じ祇園太鼓が鳴り響いていることでしょう。「瓢箪から駒」ならぬ「太鼓から座布団」のお話。(M)

5月12
投稿者:(S)

お箸に続いてマドラーの話。といっても、使い勝手がどうこうではなくデザインについてである。写真のマドラー(パッケージには商品名がdrink stirrerとある)は、東京・吉祥寺のインテリアショップで買った(5本組で1000円)ものだが、とても楽しいデザインだ。

グラスの中でジュースやウイスキーの表面から突き出ていると「Help me!」と叫んでいるような臨場感があり、そこがなんとも面白い。さらに興味を引くのは、このマドラーがタイのデザイナー集団によって作られていることだ。遊び心いっぱいの雑貨を世に出しているのは「Propaganda」という、“sense of humer & unpredictability(ユーモアと奇想天外なお洒落心)”をコンセプトにして1994年にタイで創られた組織だそうだ。<propagandaonline.com>

数年前に私はタイの大学生や若い社会人デザイナーを連続5日間、朝から夜まで(実際に会場に泊り込んで課題をこなす人たちが大勢いた)指導したことがある。そこで気づいたのは、デザインに対する意欲と努力は日本の若者を上回るということ。それはデザインに関する飢餓感から来るものと言ってよいのかもしれない。デザインが溢れている国と、当時は未だ枯渇していた国との学ぶ意識の差を強く感じたものだ。そのタイで、人の心をくすぐる雑貨が生まれていることに興味を持ち、期待する。

遊びをデザインするのは意外に難しい。下手すると単に“お遊び”になってしまう。ユーモアが人を感動させるには、それが上品な洒落っ気に満ちていることが必要だろう。ヨーロッパ、特に北欧などには思わず笑ってしまう商品が洗練されたデザインの中に混ざって店に並んでいる。それに比べ、日本は根が真面目なのか、ユーモアという点では海外に敵わないようだ。

ユーモアにあふれる商品を作ろうとするなら色や形が自由になる素材が望ましく、それには樹脂が最も適っている。鮮やかな色、思い通りのフォルムが表現できるから楽しいものが作れ、現にpropagandaの商品は殆どがプラスチック製である。

「遊びがない商品は窮屈や」と言ってさまざまなアイディアを凝らしたものを作っている大阪の某プラスチックメーカーの社長さん、意に反して商品があまり売れないので不満を漏らす。曰く、「日本にはユーモアがわかる奴がおらん。ほんま、日本人はあかんわ」。しかし社長、それって単にエッチなだけじゃありませんか?(S)

4月26
投稿者:(M)

きっかけはトルストイだった。もしかしたらチェーホフかも知れない。小説のなかにロシアの田園地帯の別荘での暮らしが書かれていて、「ジャムを作るときは水を入れない」という一行があった。なぜかその部分だけを鮮明に覚えている。前後のストーリーに全く影響を与えないのに、なぜ文豪がそのような記述をしたのか不思議に思ったから。その一行だけをテキストにして、初めてイチゴジャムを作ったのが20年以上前。以来、ほとんど毎年ジャムを作る。

九州は果物の宝庫だ。いまや世界的ブランドになった「あまおう」を始めとするイチゴ、さまざまな大きさの柑橘類、日本一の柿の産地があり、意外なことにリンゴも採れればブドウも採れる。産地ならどこでもそうかも知れないが、その豊富な種類の果物が都会にいると信じられないくらい安く店頭に並ぶ。そのうえ、近くの畑の脇にはイチジクが並べられていたり、知り合いの兼業農家からはキーウィがどっさり届く。我が家の庭にはサクランボが生る。その全てがジャムになる(枇杷はだめでしたが)。

今はイチゴの季節。都会の店に並ぶ透明パックが4つ入る段ボールのケースに直に無造作に放り込まれたイチゴに298円の値札が貼られていたりすると、買わずにはいられない。今年は3月のうちに既に2回、鍋いっぱいのイチゴを煮た。

愛用の鍋は鋳物ホーロー製、火のまわり方が優しいのでコトコトと水分を飛ばすには最適。コツはジャムの色がふっと濃くなるのを見逃さないこと。それがほどよい糖分が入ったときであり、ほどよく水分が飛んだとき。酸味が少なければレモンを絞る。熱いうちに煮沸消毒したビンに詰めて蓋をする。蓋を開けたときにポンと音がするのが真空の証。長く保存できるはずだが、数ヶ月しか試したことがない。それまでに片付いてしまうから。これが私のジャム作りのレシピの全て。

テレビを見ていたら「電子レンジでかんたんに生ジャム(?)ができます」などということを言っていた。電子レンジに限らず便利な道具は次々に登場する。その多くの謳い文句は「早くてかんたん」。そしてその頭に付くのは「忙しい現代人のために」。みんな何がそんなに忙しいのだろうか、とおばあちゃんは思う。

ジャムを作るのは、作る時間を楽しむためです。コトコトと果物が姿を変えていくのを眺めながら音楽を聴いたり、香りに包まれながら本を読む、甘い香りが家中に広がって、家族の誰もがその香りにつられてキッチンをのぞきに来る、そんな幸せな時間を過ごしたいためです。便利な道具にせっかくの時間を奪われたくはありません。文豪はきっとそんな時間の喜びを知っていたのだと思うのです。(M)

4月14
投稿者:(S)

 

小学校の給食に箸が復活しているそうだ。一時、箸とスプーンを兼ねるプラスチック製の“先割れスプーン”という不可思議な道具に席巻されていたのを箸に戻そうというのである。合理性ばかり追った道具も、日本の伝統的な生活習慣には適わなかったということだろうか。一方で欧米でもヌードルや寿司を食べるには箸を使う人が多くなっているとか。これは単に合理性だけでなく、異なる生活文化をオシャレとして楽しんでいるようにも見える。

 ほぼ毎日使う箸も、私たちは案外その良し悪しまで吟味していないのではないか。漆に金箔を塗った高価な箸云々というのではなく、使い勝手に無頓着ということである。他人から旅の土産としても貰ったもの、デパートの特産品催事で珍しさに惹かれて買ったもの、雑貨屋で安さが気に入って求めたもの、果ては正月に使った柳箸の残りなどを食事や料理に適当に使い回す、そんなご家庭も少なくないのでは? 我が家も以前はそうだった。

しかし、20年ほど前に一膳の箸に出会ってから“箸”は“お箸”になった。大分県日田市の㈲大内工芸さんで作られるこのお箸は良質な竹を炭化させ、一つひとつグラインダーで削り、研磨紙の番数を変えて丁寧に磨き、ウレタン塗装して研ぎ出したものである。丈夫でしなやか、しかもデザインがシンプルである上、スリムだから使い勝手が格別によい。私はこれを使って以来、他のものが使えなくなった。

更にこのお箸がすばらしいのは、一膳800円を切る値段にもある。ロールケーキ1個、バーゲンのTシャツ1枚も800円では買えないご時世にあって、毎日使っても3年は持つものがこの値段だから驚くほどコストパフォーマンスに優れた道具と言える。「どう考えてもこのお箸は安い。安すぎる!」と大内さんに言ったら、「箸として相応の値段です」と一蹴された。この謙虚さが宿っているからきっと使い心地がよいのだろう。

写真は頭の方がダイヤ状にカットされた細身のお箸。これならアズキと言わずゴマでも一粒ずつ掴める。 箸置は有田・李荘窯さんの染付(瓢箪絵)のものだが、かなり小さいので流しのゴミ袋に直行しないよう気を使う。何れも心地よく使える愛しい道具。(S)

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