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ワイズワークのふたりごと

3月22
投稿者:(M)

空き家にしている東京のマンションのリフォーム計画に取り掛かっている。ここ1ヶ月ほど、それが趣味のSはPCで図面を引き、私はそれにわがままを言って、Sはそのたびに引き直し、週末には二人揃ってメーカーのショールームに出かける。根気の要る仕事ではあるが、それなりに楽しい。

マンションのリフォームが流行だという。しかもわざわざ古いマンションを買ってリフォームするという。高い新築マンションをすんなり買えない経済状況もあろうが、一方、私たちと同じような趣味の人が増えてきたとも言える。つまり、お仕着せが厭なのだ。自分のスタイルを貫きたい。

都会のマンションは限られた面積なので、普通の暮らしに必要とするものは大した違いはない。簡単に考えれば、設備メーカーを決めさえすれば後はテトリスのようなものだ。うまく当てはめさえすれば何とかなる。日本のメーカーは実に親切で、小刻みなサイズ対応と機能の追究がなされていて、たいていの希望には沿えるようになっている。それでもモデルルームやカタログの通りにはしたくない。たとえばユニットバスでも「こちらのメーカーの壁材がいいけれど、カウンターはあちらのメーカーのほうが好き」などと、ふだんの商品開発ではさまざまな制限によって不可能な「私ならこうする」というのを、ここぞとばかり主張している。よって、1ヶ月いやその倍くらいも計画にかかることになりそうなのだ。

メーカーのショールームは、製品を見せることと同時に消費者の志向を掴むことも目的なのだろう。本人が個人的な好みでわがままを言っているつもりなのに、本当に丁寧に対応してくれる。直接の利害関係がないから、押し付けがましさがなくて気持も良い。もし何年か先に、私の希望していたものがラインナップに加わっていたら嬉しい。もっとも「こんなものはないだろう」と思うようなものが、「それはこちらにございます」と言われることが多いのだけれど。

カタログを見飽きて庭に出ると、カササギ(日本では九州にしかいない鳥。カチガラス、朝鮮カラスとも言う)が自分の身の丈ほどの枯れ枝をくわえて飛び上がった。うちの前の電柱に巣を作っているのだ。電力会社は巣を取り除く代わりに防護ネットを取り付けたらしい。なかなか粋な計らいである(位置がずれてるけど?)。電線の隙間で巣を見張っている親鳥が見えますか?とっさに手近のオートマチックのカメラで撮ったので見苦しくてごめんなさい。

カササギくん、結局、巣は身の丈に合ったシンプルなのが良いのよね。(M)

3月03
投稿者:(S)

前回紹介した福岡県うきは市にある家具メーカー、㈱杉工場は、今、一年の中で最も多忙な時だ。春の新入学期を控え、学習デスクの製造に連日フル稼働が続く。でも一方で、景気の減退から量販店の低価格商品に流れるとか、デスクを買わずにリビングのテーブルで親子が向かい合って勉強する人たちが現れるなどで、ここへ来て生産量を調整気味なのだそう。新入学必須アイテムという底堅かった需要も、景気と消費者のライフスタイルの変化によって様変わりしつつあるのかもしれない。

私はこの会社でアドバイザーを務めていて、2年ほど前から女性のみによる商品開発プロジェクトを始めた。スタッフ5人のうち開発要員が一人いる(未だ入社して1年にも満たない)他は事務職のスタッフだから、商品開発は全くの素人。それでも敢えて女性に、そして素人にこだわったのは、市場で購買するのはたいてい家具にはさほど詳しくない女性たちだから。「本当に欲しいものか、本当に買える価格であるか」というユーザーの厳しい価値基準をクリアしながら商品を開発する、そのことが“売れる商品”をつくる早道だと実験的にスタートさせた。私は黒衣に徹し、徹底的に女性主導のプロジェクトである。

ユーザーが価値ある商品だと判断を下すには①機能や素材が優れていること、②感覚的にフィットすること、③前2つに適った価格であること、の3つが揃っていなければならない。ところがメーカーはそれらが売場で目立っていることに重点を置くため、ユーザーの求めている価値とかなり乖離した商品が多い。つまり、今まで多くのメーカーでは、主に男性のスタッフが作り手の発想や都合だけで商品開発をしてきて、それが今日の不況と重なって極度の販売不振に陥ったのではないか。私は九州へ来て500社以上のメーカーの現場を歩いてそれを強く感じていたからこのプロジェクトを組んでみたのだ。

左の写真はこのプロジェクトで開発した第1弾【木と風】のシリーズ(椅子は別)。素材に使った“楓”の文字を分け、シリーズ名とした。シェルフを3種の寸法で作り、デスクやベッドと組み合わせられるようにし、機能を凝縮したパソコンデスク(これが特に好評)を加えてシリーズ化。シンプルで清潔感あるデザインは、どちらかというと都会派の大人向きであり、従来の学習デスクの発想では生まれ得なかったものである。

で、プロジェクトの成果だが、今のところは概ね成功と言える。過去には取り扱ってもらえなかった売場に商品が浸透し始めたのは、バイヤーの目にもその価値を読んでもらえたのだろうし、通販業界でも商品をアレンジしてOEMに近い形で載せる段階にまでなってきた。スタッフのものづくりに関する意識が確実に上ったのは予想以上の成果であり、さらに、このプロジェクトに倣って売場を全部女性に任せる小売店が出てきたのはコンセプトだけでもアピールする効果があったということだろう。

このような商品開発の方法は、生活用品を作るメーカーなら同様なプロジェクトを立ち上げることができるだろうから、参考にしてもらいたい。ただ、どこでも効果が生めるかというと、それは別問題だ。なぜなら、この会社のスタッフが全員とても熱心であり、それを会社のトップが強力に支援したからできた事業である。気概のない女性社員を集めて、後はお任せ、では全く無駄なのは言うまでもない。(S)

 

2月17
投稿者:(M)

アンテナを張りながら歩いていると、ビビッと来ることがある。モノであったりヒトであったり。福岡のギャラリーでこれに出会ったときもそうだった。仕事柄もあって、後日工房を訪れ、とうとう手に入れてしまった。まずはこの端正な佇まいをご覧ください。網代編みの竹籠バッグ19×20cm、厚み9cm。画像では細部が見えないので残念だが、内側には泥染の布が貼ってあり、口は布を折り畳んだ蓋になっていて小さな竹のボタンで留められている。隅々まで行き届いた仕事ぶりである。私はパーティーバッグとして使っている。

そうなるとその作者(竹工房ふくる・前田秀子さん)のことも忘れられなくて数年のお付き合いがある。その数年の間に彼女は鹿児島に移り、出品した鹿児島市工芸展でみごと市長賞に輝いた。

その後、出産、子育てのブランクを経て、そろそろ仕事に戻ったらしい。過日寒中見舞いのハガキに刷られていたのが右の近作。お母さんになって少し発想が柔らかくなったのか、カジュアルな服装に似合う作品になった。ギャラリーでは若い人に人気があるという。

日本の竹工芸の技術は素晴らしい。なのに多くの伝統工芸の例に漏れず、先行きは明るくない。ある業者は作家から作品を仕入れるかたわら、それを中国や東南アジアに持って行き、そっくりな商品を作らせて最後の仕上げを残して国内に持ち帰り、国内で仕上げだけさせて、国産品として安価に販売している。一方、国内のいわゆる作家物は20万円台から上は100万円近くまであるが、それでは買える人が限られてしまう。買った人は使うのが惜しくて床の間に飾っているとか。クラフトはアートではないので、使ってこそ生きるというのに。さらに、一旦そんな値を付けてしまうと、売れないからと言って下げることもできない。売れなければ生活が続かないから技術を捨てる人もいる。

たくさんの矛盾を孕んだ業界の中で、雑音などと無縁にコツコツと、使える良い品を模索しながら作る若い作家さんを応援したくなる。どんなに強い風が吹いてもオリジナルは負けないよ、と彼女に言いたい。ちなみにご紹介した竹籠、網代編みのものが5万円台、近作の「巻きむつめ」(23×18、厚み14cm)は3万円台。興味のある方はこのHP問い合わせ欄からお気軽にご連絡ください。感想やご意見もどうぞ。(M)

2月10
投稿者:(S)

メーカーにとって商品が片っ端から売れていくことほど有難いことはない。たとえ利益率を抑えても大量に売れればそれなりに利益が出るし、製造に慣れることで利益率も徐々に上ってくる。ただ、引き際に敏感でないと流行が去ったとき、ドッと不良在庫を抱える危険性があり、そんな例を過去に沢山見てきた。一過性の商品に慢心すると痛い目にあう。

一方、爆発的には売れなくてもコンスタントに売れる商品を持てれば、それはそれなりに有難い。確実な利益が見込めるし、在庫のリスクも少なくなる。私共も20年以上売り続けている商品を3つ持っていて、その商品に今も助けられている。

また、長く製造が途絶えていた商品を、福岡県うきは市にある学習デスクのメーカー、㈱杉工場で復活したのも嬉しいことだ。この「成長デスク」という商品は30年ほど前に開発したもので、体の成長に合わせてデスクとチェアの高さを変えられるのが特徴である。我が家の娘たちも小学校から大学までこのデスクを使った(チェアは市販の回転するものに一度買い換えたが)。当時は通販や東急ハンズなどで扱ってもらっていた。

シンプルなデザインが陳腐化せず、30年経った今でも十分通用するという評価から、一部を変えてこの春に甦る。孫の代まで使えるロングライフ家具、私の理想とするものである。但し、我が家の孫(4歳)には未だ少し大きいようだが。(S)

【写真のものはブナの無垢材を使ったもの。横巾944、奥行550、デスク高さは子供の成長に合わせて550~730まで30ピッチで変更可能(単位はmm)。仕上げは自然オイル塗装。ノックダウン仕様】

1月17
投稿者:(M)

真冬である。ここ福岡でも数日雪が降り我が家の前はこのとおり。

「九州でも雪は降るんですか」と訊かれることがたびたびある。私自身もここに住む以前にはそんなことを言っていた。つまり認識不足だった。その状態で狭い東京のマンション暮らしから福岡の一軒家に移ったので、最初の年にはかなり戸惑った。二人暮らしにしては広い空間なので、エアコンでは足りずに石油やセラミックのヒーター、コタツまで買い込んで震えていた。

日本は小さな国土だけれど、四季と地域の気候差のおかげで生活は多様だ。そしてそのおかげで多様な製品が必要になり開発され売れることになる。東京のマンションで暮らしていると必要性が全く理解できないような商品が、寒い土地では有難い商品なのである。日本の産業は、発明の母たる「必要」がたくさんあったおかげで発展したのだろう。常夏の国では寒さ対策の商品など開発の発想さえないだろうし、道路が社交の場になるくらい開けっ広げの国ではインテリアに目が向かない。同様に、開発者の生活のスタイルが一辺倒では商品開発のヒントがないということになる。さまざまな年代のさまざまな地域での暮らし方を知ることが大切だとつくづく思う。

12年の間に身体が馴染んだのか鍛えられたのか、各種暖房器具の殆どは今では押入れの場ふさぎになっている。そんな今でも天気予報の「全国の天気」で福岡に雪だるまが並んでいるとき、東京には赤々とした太陽が並んでいたりすると、「ちぇっ」と思う。あの連日の冬晴れの明るさが懐かしい。東京があれだけ繁栄した理由の一つはあの気候の良さにあるのではないだろうか。

さて今日も靴下を2枚履いて、タートルネックも2枚重ねたから寒さには負けないさ。(M)

1月04
投稿者:(S)

紅茶薩摩半島のほぼ中央に知覧という町がある。昔、特攻隊の基地があり、その記念館が町の一角を占めていて、なぜか今も映画『ホタル』のノボリがあちこちに立っている。また、武家屋敷が多く残っているので、鹿児島県の誇る観光名所でもあり、シーズンには賑う町だ。

更に、知覧は茶の産地でもある。が、残念ながらこちらの全国的な知名度はいまいちだ。知覧を含めた鹿児島県の茶の生産量は静岡県に次いで全国2位を誇っているのだが、そのことはあまり知られてなくて、関係者は「発信力が弱い」と自らため息をつく。

過日、その知覧で紅茶を生産し事業化されている田中京子さんと知り合った。前回書いた鹿児島での講演でお会いしたのである。開業医のご主人と結婚、関西から知覧に移って40年、県の研究機関に“紅富貴(べにふうき)”という紅茶の苗があるのを分けてもらって10年ほど前から育てられたのだという。苦心の末穫れた“夢富貴”というオリジナルが英国の『グレート・テースター・アワード』という権威ある食品コンテストで金賞を得たのだそうで、その紅茶をテイスティングさせていただいた。

なるほど美味しく「日本でもこんな香りのよい紅茶ができるんだ」と感心した。写真では判りにくいが、カップとの境目にできる金色の輪がタンニン質で、これが紅茶の美味しさを決めるのだという。世界の3大紅茶はスリランカの“ウバ”、インドの“ダージリン”、中国の“キーマン”とされるが、紅茶の本場英国で金賞に輝いたというのは、それらに肩を並べる品質だということだろう。わが家で飲む紅茶にはゴールデンリングなど現れないから、格段の相違は肯ける。

と、書けば紅茶事業のすばらしいサクセスストーリーである。しかし、そうなるまでには大変なご苦労があったようだし、今でも生産量や品質が安定しないなどといった問題にしばしば悩まれるのだそう。それを克服して“ユメフウキ“が世界4大紅茶になるよう、また、知覧が日本の紅茶産地として発展するよう願ってやまない。(S)

12月30
投稿者:(M)

10年以上も福岡で暮らしているのに、いまだに福岡人になりきれず、よそ者の醒めた目で見ていることをお許しいただきたい。来たばかりの頃にはいろいろなことが目新しくて、お雑煮づくりの教室に行ってみた。なぜならお雑煮は最も地方らしさの表れる料理だから。案の定、京都育ち東京暮らしの私には想像もつかないものだった。アゴダシ?カツオナ?チンプンカンプン。

そもそもそういう食材があることすら知らなかった。アゴはトビウオのことで、それをあぶり焼きにしたものを藁で目刺にして売っている、それを前日から干シイタケやコンブと一緒に水に浸して取った出汁がアゴダシ。上品だがコクのある澄まし汁になる。

カツオナは1枚の葉が40~50cmもある巨大な青菜である。なぜか鰹の風味があるからそう呼ぶという。福岡は北は玄界灘、東は豊後水道、西に有明海と魚種豊富な海に囲まれているが、太平洋には面していないので鰹が獲れない(らしい=間違っていたらごめんなさい)。それで昔はせめて「かつお風味」ということでこの菜が重宝されたそうだ(この辺の説明は10年以上前に料理教室の先生から聞いた話)。加えて「勝つ」のは縁起が良いのでお雑煮に使われるという。

そしてお雑煮の主役はブリ。これも出世魚で縁起が良いということ。東京ではお正月にはマグロが鮮魚売り場で幅をきかせるが、福岡ではちょうどその役がブリに回されている。お雑煮だけでなく刺身もブリだ。マグロはサクで並ぶがブリは尾頭つきなので、鮮魚売り場は壮観ではある。

「勝つ」ためには負ける人がいなくてはならないし、「出世」するには誰かを蹴落とさねばならない。勝負だの出世だのと縁のない生活をしているので、お正月だけ気負うのも気が引け、結局慣れた白味噌の京風雑煮や東京風雑煮で済ませてしまうことが多い。そういえば先日の新聞に「かつお菜の栽培農家が激減している」と書かれていた。お雑煮以外に用途が広くないから正月にだけ需要が集中するので、農家は栽培を嫌うという。近くの畑でも自家用に一畝だけ作られていたりする。

「かつお風味」は袋入りのダシで済ませられるし、闘争心剥き出しは嫌われる。これも消え行く伝統(伝承?)の仲間入りをする運命なのだろうか。そうなると、久しぶりに博多雑煮を作ってみようか、と思えて来ます。(M)

12月27
投稿者:(S)

先日、鹿児島県の要請で大島紬のメーカーさんを対象に講演、次の日は川辺仏壇の産地視察に行ってきた。何れも国の伝統的工芸品産業として指定され、そして近年の売上不振に陥っている産業だ。伝産業界は日本人の生活スタイルが変ってきた影響をモロに受けていて、その典型である着物と、仏壇産業の苦悩を目の当たりにした2日間であった。

キモノを着なくなった、仏壇を置く気持ちも場所もなくなったという流れをとめることはできない。だから、どんなに経済環境がよくなっても、どんなに新たな商品を開発してもバブルの頃の水準まで売り上げを回復することは無理だろう。ならばやることは衰退を少しでも食い止めることであるが、現場を見た限りではどちらも有効な手を打てないでいるようだ。無論、私も特効薬を持ち合わせているわけではない。ただ、この世界でものづくりをするなら、“伝承”と“伝統”を明確に区別することが大切ではないか。このことを現場で強く訴えた。

“伝承”とは昔から受け継いできた素材や技術を変えることなく継いでいくことであり、それを一子相伝で守ってきた地域も少なくない。これに対し“伝統”とは、素材や技術、また、モノそのものを時代に従って変化させていくことである。つまり、伝承は保守であるのに対し、伝統は改革と言ってよく、この差は大きい。時代のニーズに応じて変化させたからこそ伝統産業は産業として存在してきたのであり、伝承では成り立たなかったはずだ。平たく言うなら、伝統は経済産業省の範疇であり、伝承は文部科学省のもの。 その区別がついていないことが産川辺仏壇業凋落の要因のひとつである、と私は思う。

大島紬ではキモノからファッションへの転換を図り、川辺仏壇は小型の仏壇に活路を見出そうとする。しかしこういった試みも、今、ユーザーが商品に求めている価値とかなりのズレが感じられる。作る側の思い入れだけで商品開発するという“伝承”が、残念ながらここでも続いているのだ。(S)

(写真は仏壇メーカーの新商品。屋久杉を材にした高さ40センチほどのもので、予定販売価格は40万円とか) 

12月18
投稿者:(M)

Sの風変わりな趣味「研ぎもの」は実用(実益というほどではない)を伴うので大歓迎だが、一般的に趣味というのは昔の言葉で言うなら「道楽」であって、時間的にも経済的にも余裕のある者の特権という印象がある。「道を楽しむ」のだから、かなり専門的な知識も伴うし、奥を究めるために深みへ填まっていくことにもなりかねない。実際私など、時間はともかく経済的な余裕もないのに多趣味だった亡父のトバッチリで、子どもの頃にはずいぶん窮屈な生活を強いられたものだ。そのせいか趣味だのお稽古事だのから一歩身を引く生き方をしてきたつもりだった。

『研ぎもの』にあるように老後の有り余る時間をどのように過ごすかが話題になる年齢になってみて、意外なことにけっこう趣味と言えそうなものが身の回りに転がっているのに気付いた。編む、縫う、に始まって削る、成型する、繋ぐ、などなど何かを作る作業が多い。編み物、縫い物は始めたときには趣味とは思わず衣生活の実用のつもりだったが、その必要もなくなった今になってもときどき糸や布を選んでいたりする。その他も、街で見かけたものを「私にもできそう」とか「私ならこうするのに」というひらめきで試しているうちにとり憑かれてしまった。そしてどれにも共通するのは、取り組んでいる間、我を忘れているということ。こうなると趣味と呼ばざるをえない。

お道楽との違いは一つ、お金をかけないこと。お稽古事に付き物の無駄も、蒐集に付き物の高額出費もしない。それでも「我を忘れる」時間を持つことができるようになったのは、貧乏性のおかげだろう。そして亡父からそこだけ受け継いだ遊び心のおかげだろう。

IMGP3106(古セーターをリフォームしたバッグと羊毛を成型したクマ)

さて、雪のちらつく今夜も究極の貧乏性を発揮して、廃物利用の作品を作りましょうか。年金生活を迎える日のささやかな楽しみの予行演習として。みんなが手づくり派になったら製造業はお手上げで、それはそれで困ったことなのですけどね。(M)
11月28
投稿者:(S)

秋の色

先日の列車の旅では、期待したほど紅葉が見られなかった。しかし、秋が深まっているのは確かで、近所でも赤や黄色に葉を染めている木々が見られる。京都の名所には及ばないまでも、太宰府の竈門神社や光明禅寺などの紅葉は美しい。

錦秋とはよく言ったものである。錦織りなす秋の風景は、減ったとはいえ日本のどこでも見られ、この国に生まれ、暮すことの喜びを感じる人は多いだろう。

その錦の色に先人は様々な名をつけたのはご存知のとおり。身近な「栗色」や「柿色」などはすぐに思い浮かべることができる。しかし、「黄蘗(きはだ)」や「猩猩緋(しょうじょうひ)」といった色を問われれば、私は「黄」や「緋」という文字にすがって答えるよりほかない。

日本の伝統色は、染色家吉岡幸雄さんの「色の歴史手帖」で100色、DICの色見本では300色を超す。更に、「襲(かさね)」という複数の色を合わせて表現する色目もある。秋を示す「黄朽葉」や「落栗色」といったものは2色を重ねてひとつの色と見たものだ。それほど日本人は自然の色に細やかであったということであり、恐らくこんな民族は世界では類がないだろう。それもこれも明確な四季があってこその文化である。

ところで、上の写真、山の中腹にスックと立つ、みごとに色づいた広葉樹、…にしては葉が大きい? 実はこれ、20センチにも満たない盆栽(楓の一種)をベランダの柵に載せ、借景を入れて撮ったもの。トリック写真でごめんなさい。(S)

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