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消費者目線のブランドの功罪

投稿者:(M)

『ブランドの功罪』でSが製造者や販売者の戦略としてのブランド論を書いたので、今度は消費者側から。私にはあいにく小さな財布しかないので、いわゆる「ブランドもの」には縁がない。スーパーブランドと呼ばれるものに興味がないのは、財布のせいだけでなく、たぶん自分を知ってしまっているからだろう。似合うわけないじゃん、使う機会がないじゃん、他の持ち物とつりあわないじゃん…。

それでもブランドは必要だと思う。こんなにモノの溢れたマーケットで、昔のデパートのように何のマークもなく縦割りの陳列がされていたとしたら、一体どうやって自分好みのものを選べばよいのだろう。至難の技である。ショッピングをするときまず指標になるのは自分の経験である。以前に買って満足したものがあれば、次の機会にも求めようと思う。その「次の機会」のための目印がブランドの原点であるはずだ。まず最初の品物で満足しなければ、次はない。

怖いのはその先である。この間買ったジャケットもスカートも気に入ったから、今度はパンツを買おうと同じ店に行く(この場合、店≒ブランド)。一度信頼してしまった店員についつい勧められて、ちょっと不安があるけど買ってしまう。自宅で試着をすると、やっぱりちょっと違うかな?と思う。そうやってタンスの肥やしが増えていく。その証拠にリサイクルショップには真新しい品物が並ぶらしい。これがブランドへの過信だ。もっと酷いのは似合わないことにさえ気づかない場合。やはり消費者が持つべきものは、言い古されたことながら、「モノを見極める目」だということになる。

いくつかの満足が積み重なってブランドの価値が構築される。ただし、その時点ではあくまでも個人的な価値観。「ブランドもの」が何かと悪者にされるようになったのは、名前に価値を持たせて利益を積み上げた商魂のせいだ。そして、ブランドのステータスを、それを身に着けることによって自分のステータスになると勘違いした、おバカな消費者のせいだ。ブランドがスーパーブランドに上り詰めるまで努力した製造者を責めるのはお門違い。

結局、やっぱりブランドは大切です。良品の目印として、製造者の誇りとして。(M)


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