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「よいもの」の定義

投稿者:(S)

先のブログのタイトルを『柔和な生活でよいものを』としたが、ここで“よいものとは何か”について私が考えるところを述べておきたい。

“よいもの”の定義については、苦い経験がある。20年ほど前のこと、ある地方の地場産業に従事している人を対象にした講演の後で、「あなたが考えるよいものとは、どういうものか」とメーカーらしき人から質問され、答に窮してしまったのだ。しどろもどろになりながら何とか言葉を継いだが、壇上でドッと汗が吹き出した。普段は何げなく使うこの言葉、定義とは言わないまでも、多くの人が納得できる基準がないと話も通じないし、ものも作れないだろう。この講演から、私はどう定義すればよいかを考え続け、浮んだのがこれを漢字にすることであった。

“よい”に漢字を当てると何があるか?まず大抵の人が最初に思いつくのが“良い”であろう。次に思いつくのが“善い”。続いて“好い”が浮ぶが、なかなか“佳い”までは至らないようだ。なぜなら、講演での苦い経験を逆手に取り、以降の講演で「“よい”を漢字にするならどういう字を当てるか?」という質問をすると、ほぼその順になるからで、最初に“佳い”を挙げた人(ある県の女性職員)に出会ったのは一度しかない。

“良い”とは品質を指す。質の悪いものを好む人はいないだろうし、よいものを作るなら、まず、品質の良いものでなければならない。“善い”とは道徳的な意味を指す。善悪という言葉があるように、社会規範に則っているかどうかがものの価値を分ける。公序良俗に反したものをよいとはいえないし、また、ものだけでなく企業そのもののあり様が問われる時代でもある。近年、企業のトップが記者会見で頭を下げるシーンを私たちは度々見てきたが、それらの殆どが企業として善くない行いをしてきたからではないか。“好い”は字の如く感性の基準である。好きか嫌いかの判断は個人が決めるものではあっても、多くの人に受け入れられる感性はある。そしてそれを上手く表現できれば“よいもの”になる。最後の“佳い”は品性の尺度である。ものづくりにとってこれは最も難しい。なぜなら、品というのは一朝一夕に備わるものではないから。努力しても簡単には身につかないものを表現するのはなかなか困難なことである、と身をもって言える。

ただ、上の4つはものとしての基準であり、商品では異なる。ものがいくらよくても価格とのバランスがとれていないなら商品としては不完全で、(質、技術、デザインといった総合的な)価値≧価格という定理が守られなければならない。ところが、誰でも肯けるはずのこの定理も、ものづくりの現場では時として価値<価格になることがある。つまり、作り手側の一方的な思い入れによる価値が使い手側には評価されないということで、こういう場面に出くわすと作り手は「世の中、よいものがわからない人が多い」と身勝手な不満を漏らす。商品である以上、買ってくれるお客が必要だ。対象とする人たちがどういうことを価値として認めてくれるかを知る努力をせずによい商品ができるはずがないと思うのだが。(S)

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