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シンプルという贅沢

投稿者:(M)

食品売り場に並んだ明太子を見るたびずっと不思議に思っていることがある。無着色のほうが着色されたものより高い。着色しなければ一手間(+着色料代)少なくて済むはずなのに。わざわざ金色の枠の付いた「無着色」のシールまで貼られている。身体にあまり良くなさそうな着色されたもののほうが好きな人は一体どれだけいるのだろう。値段の安さに惹かれて着色されたものを買うという苦々しさ。

以前書いたように住まいのリフォームに取り組んでいる。計画が進んで、新しく買うものや取り付けるものを探す機会が多い。内装材のショールームに出かけると、豊富な品揃えに驚く。消費者の好みの多様性にとことん対応できる品揃えから、日本がいかに成熟した市場を備えているかが判る。(画像は近頃の愛読書、各社カタログ)

そんな成熟市場でもどうしても好みのものを見つけられないこともある。大抵は機能に不満はないのに色や柄が気に入らない。中でも、この飾りがなければいいのに、というのが一番多い。つまり作り手が使い手に喜ばれることを期待して付けているのに、それが嬉しくないということ。付加価値が不可価値になっている。

照明器具のショールームで、完璧と言えるほどシンプルなペンダント器具を見つけた。全く飾りがないという個性。拍手をしたい気分だったが、値段を知って興ざめた。ショールームのお姉さまいわく、「これはデザイナーの○○さんのものですので」。

デザインはある時期、商品の付加価値だとされてきた。「デザイン」という言葉が色や形だけを表すとされていた時代である。今や「デザイン」は機能はもちろん使う人のライフスタイル(生き方)にまで及ぶキーワードとして認知されるようになった。だからこそ商品の多様性は社会の成熟度のバロメーターと言えるだろう。

だが付加価値という曖昧な言葉への誤解が、やたらに商品を増やしているのではないだろうか。何もしないという、言い換えれば、余分なものをできるだけそぎ落とすという付加価値もあるのだということを作り手は忘れないでほしい。何かを付けなければならないと思うのは、実はそのもの(機能、質)だけで勝負できないという自信のなさから来るのだと思う。

無着色の明太子は、着色しなくても質の良さがわかるから着色しないのでしょう。本当に美味しいから、美味しそうに見せる必要がないのでしょう。「無着色」のシールが貼られていなくてもそれを見分けられるような消費者になりたいものです。(M)

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