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いくたびの桜

投稿者:(S)

今日、ウォーキング途中に寄った井の頭公園では桜が咲きそろい、池の水面がピンクに染まっていた。

東日本大震災からちょうど1ヶ月、災害に遭った地でも津波で折れそうになった枝から一輪の桜が咲き初めた、と夕刊にある。被災された方はこの花をどんな気持ちで観られたのだろう。地震、津波、原発事故によって人生を狂わされた方々に、「桜を観てがんばって」などと軽々しく言えるものではない。これから桜の季節を重ねる毎に、少しずつ傷が癒え、少しでも心弾むことが多くなるのを祈るばかりである。

桜は華やぐ花である。寒い冬を乗り越えてやっと春が来る、その時に明るいピンクの花が咲く。酒を飲み、踊りたくなるような楽しい気分になる。だから日本人は桜を愛でる。また、入学・新学年、就職、年度変りといった節目に咲く花であることも、日本人が桜への思い入れを強くする理由のひとつだ。多くの人が桜の下で撮った入学式の写真をお持ちではないか。更に、日本人が桜を好むのは、散る姿に“あはれ”を感じるからだとされる。確かに盛りが過ぎて風に舞う花吹雪は美しく、服に付いた花びらは一枚ずつ惜しみながら捨てたくなる。

全国各地、それぞれに誇る桜がある。名木といわれるものの中で私が印象に残っているのは、熊本・南阿蘇の一心行の桜、京都・円山公園の枝垂桜などだが、これらを凌ぐ知られざる桜が京都にある。数年前に関係者の紹介で観せてもらった某宗教団体の庭に立つこの枝垂桜は、その大きさや枝振りが見事に手入れされていて、夜、うっすらと照明を当てて宗教行事を行えばたちまち信者になってしまうだろうと思うほど妖しい“秘桜”であった。

名木もよいが、桜の感動は千本桜といわれる群生の迫力にもある。溢れんばかりの桜が咲き乱れ、その中に立つと我知らず顔ほころび、心華やぐ。これが桜の醍醐味であり、こういう城址や公園が日本の津々浦々にあるのは嬉しいことだ。北海道から沖縄まで平等に楽しめるのだから。

今、NHKの時代劇で使われた“ふくい舞”の『いくたびの櫻』を聴く。災害地でもいくたびの年が巡り、華やぎが戻りますように。 (S)

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