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夏と竹

投稿者:(S)

夏のインテリア素材といえば竹が定番である。子供の頃、京都の実家では梅雨が明けると襖を葦戸に替え、竹の簾を吊って夏を過ごした。しかし今、振り返ってみると、それは暑さを凌ぐというより見た目の涼しさを求めたしつらえであったように思う。なぜなら京都は盆地なので湿度が高く、風が室内を通ったところでじっとりした肌に張りつくような暑さは拭えないからだ。団扇から扇風機、そしてクーラーへと涼を求める道具が進化した今、葦戸や竹簾が一般の家庭から廃れつつあるのは京都だけではないだろう。それは、夏のインテリアを演出する竹の出番もそれだけ減ってきたということでもある。

先日、福岡県朝倉市にある「江藤竹工所」というメーカ-さんを訪ねた。ここの主力製品は竹ヒゴ。1ミリに満たないものから10ミリを超す太さのものまで、自在に作る機械と技術を持つだけに、全国から様々な注文が舞い込むのだそうだ。静岡県の伝統工芸である千筋細工の素材として、また、神社仏閣の簾を織る人や企業へ納めるほか、自らも商品を開発中だ。簾やラグといったインテリア用品、ランチョンマットや箸巻きなどのテーブルウエアにもヒゴを活かした新たな感覚の道具が生まれ,福岡県産業デザイン賞に入賞するほどになっている。

竹は2年で有用になるそうだからサイクルの早いエコ素材である。一方、全国で竹は増え続け、各地で他の植物を駆逐したり、平地をどんどん侵害したりという害が起きていて、里山を竹が覆い尽くすのでは?と真剣に危惧する人もいるほどだ。それならもっと竹を使うことを考えればいい、と思われる方も多いだろう。しかし、竹の用途は限られていて木のような汎用性に欠ける。伐採後は直ぐに処理しないと腐るし、乾燥にも時間がかかる。虫が巣食っていれば後から這い出してくることもある。それらを防ぐために窯に入れて蒸しすという方法もあるが、その設備も手間も大変だ。おまけに丸いから平面を作るのが難しい。

こういった竹そのものの難点に加え、竹を伐採する職人が極端に減ったという現実もある。良質な竹を求めて山に入っても、それを持ち出すのが重労働である上、伴う収入が得られないというのだからこの職が敬遠されるのは肯ける。私たち日本人が慣れ親しんできた竹の前途は決して明るくはない。

ところで、竹も花を付けることがあるのをご存知だろうか。40年以上前の夏、京都・嵯峨野の直指庵で私はそれを見た。庭にいた庵主さん、天を突くように伸びた竹を見上げながら、「竹の花は滅多に見られません。何十年に一度の枯れる前の狂い咲きで、あまり縁起のいい現象ではないんです。あなた方も不幸にならなければいいのだけど…」、と恐ろしいことをシラッと言う。が、そのとき伴った女性と数ヶ月後に切れることなったから、それは正しかったことになる。以来、私にとって竹の花は見たくないもののひとつになった。(S)

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