ホーム > 未分類 > たかが箸、されど箸

たかが箸、されど箸

投稿者:(S)

 

小学校の給食に箸が復活しているそうだ。一時、箸とスプーンを兼ねるプラスチック製の“先割れスプーン”という不可思議な道具に席巻されていたのを箸に戻そうというのである。合理性ばかり追った道具も、日本の伝統的な生活習慣には適わなかったということだろうか。一方で欧米でもヌードルや寿司を食べるには箸を使う人が多くなっているとか。これは単に合理性だけでなく、異なる生活文化をオシャレとして楽しんでいるようにも見える。

 ほぼ毎日使う箸も、私たちは案外その良し悪しまで吟味していないのではないか。漆に金箔を塗った高価な箸云々というのではなく、使い勝手に無頓着ということである。他人から旅の土産としても貰ったもの、デパートの特産品催事で珍しさに惹かれて買ったもの、雑貨屋で安さが気に入って求めたもの、果ては正月に使った柳箸の残りなどを食事や料理に適当に使い回す、そんなご家庭も少なくないのでは? 我が家も以前はそうだった。

しかし、20年ほど前に一膳の箸に出会ってから“箸”は“お箸”になった。大分県日田市の㈲大内工芸さんで作られるこのお箸は良質な竹を炭化させ、一つひとつグラインダーで削り、研磨紙の番数を変えて丁寧に磨き、ウレタン塗装して研ぎ出したものである。丈夫でしなやか、しかもデザインがシンプルである上、スリムだから使い勝手が格別によい。私はこれを使って以来、他のものが使えなくなった。

更にこのお箸がすばらしいのは、一膳800円を切る値段にもある。ロールケーキ1個、バーゲンのTシャツ1枚も800円では買えないご時世にあって、毎日使っても3年は持つものがこの値段だから驚くほどコストパフォーマンスに優れた道具と言える。「どう考えてもこのお箸は安い。安すぎる!」と大内さんに言ったら、「箸として相応の値段です」と一蹴された。この謙虚さが宿っているからきっと使い心地がよいのだろう。

写真は頭の方がダイヤ状にカットされた細身のお箸。これならアズキと言わずゴマでも一粒ずつ掴める。 箸置は有田・李荘窯さんの染付(瓢箪絵)のものだが、かなり小さいので流しのゴミ袋に直行しないよう気を使う。何れも心地よく使える愛しい道具。(S)

ホーム > 未分類 > 6㎡に300時間

ページの先頭へ